ブサイナ王女と大山昌子の関係と現在は?名前の意味と結婚も調査!

有名人

ブサイナ王女という人物をご存知でしょうか。
アラブの国オマーンの日本人を母に持つ王女です。

 

日本との関係や縁がある人物でもあります。

 

わたし
いったいどのような人物なのでしょうか。
とても気になる女性ですよね。

 

こちらでは、ブサイナ王女の年齢、生年月日、身長体重血液型など基本的なプロフィールと経歴がわかるWikipedia(ウィキペディア)。
またブサイな王女の本名フルネームと名前の意味。

 

そして素敵な男性との出会い、恋人彼氏との結婚。
さらに大山清子さんと大山昌子さんとの関係についても迫りたいと思います。

 

今回は、ブサイナ王女についてご紹介させていただきます!

 

 

ブサイナ王女|wiki風プロフィール

 

ブサイナ王女|どのような人物?

ブサイナ王女とは、いったいどのような人物なのでしょうか。
生年月日は1937年(昭和12年)10月10日生まれの年齢80歳(2018年3月時点)。

 

干支はうし年、星座はてんびん座、血液型は不明。
出身地はオマーン国。

 

 

職業はオマーン国の王女として活躍されています。
続柄はオマーン国王タイムール第1女子。

 

父親は元国王タイムール・ビン・ファイサルさん。
母親は大山清子さん。

 

オマーン国王カーブース・ビン・サイードさんの叔母に当たる人物でもあります。
宗教はイスラム教イバード派。

 

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ブサイナ王女|本名と名前の意味

オマーン国の王女様であるブサイナ王女
本名と名前の意味は、どういう感じでしょうか。

 

ブサイナ王女の本名は、「ブサイナ・ビント・タイムール・アル=サイード」。

 

 

「ブサイナ」は、アラビア語で「美しい」。
「ビント」は、「の娘」。
「ビント・タイムール」とあわせて「タイムールの娘」。
「アル=サイード」は、氏族名。

 

日本人から考えると「ブサイナ」という言葉は、アラビア語と全く逆の意味に捉えられるかもしれないですね。
実はブサイナ王女は日本名があって、「節子」と言います。

 

母である大山清子さんの墓参りに来日した際に、「節子・アール・サイード」と名乗っていたとのこと。

 

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ブサイナ王女|大山昌子の関係と現在と恋人彼氏との結婚

 

ブサイナ王女|大山昌子の関係と現在

オマーン国の王女様であるブサイナ王女
大山昌子さんという日本人名と関連があるようです。

 

母が大山清子さんとなっているので、大山清子さんとの関係もあると思います。
いろいろ調べてみましたところ、あることがわかりました。

 

1935年、タイムールさんと清子さん(19歳)は神戸のダンスホールで出会いました。
日本への永住を決意したタイムールさんは、翌年に清子さんと結婚。

 

2人は神戸市葺合区中尾町の邸宅に住みました。
さらにその翌年の1937年にブサイナ王女が誕生しました。

 

 

順風満帆でしあわせな生活をしていたタイムールさん、清子さん、ブサイナ王女
しかし清子さんが結核に罹患してしまします。

 

入院した清子さんが病院から抜け出したため、うつることを恐れたタイムールさん。
ブサイナ王女を清子の母に預け、タイムールさんはボンベイに移り住みました。

 

その後1939年11月、清子さんは病死してしまいます。
1940年5月に日本に戻ったタイムールさんは、清子さんのお墓を立てました。

 

 

その後、ブサイナ王女つれて日本を出国。
日本を離れカラチに滞在したあと、マスカットに移り、ブサイナ王女はタイムール第一夫人で国王サイードビンタイムールの母のも戸に預けられました。

 

ブサイナ王女は日本から離れたことで、父タイムールからオマーン人として育てることを強いられました。
さらに異母兄サイードからは、ブサイナ王女を王宮で軟禁してしまうのです。

 

それから太平洋戦争などの理由で、日本に行くことが出来ませんでした。

 

その後、サイードさんがクーデターにより退位して、カーブースが即位。
その際にブサイナ王女は軟禁を解除され、1978年に母清子の墓参りに日本を訪れました。

 

そして昌子さんとの関係は、昌子さんから見てブサイナ王女は姪、ブサイナ王女から見て叔母にあたります。
昌子さんは清子さんの妹で、ブサイナ王女が幼少期に共に遊んだそうです。

 

 

ブサイナ王女|恋人彼氏との結婚

オマーン国の王女であるブサイナ王女
素敵な男性との出会い、恋人彼氏との結婚はされているでしょうか。

 

年齢的に考えると結婚をしていても不思議ではない年頃です。
またお子さんが居てもおかしくない世代でもあります。

 

さらに孫やひ孫がいる可能性もあります。

 

 

いろいろ調べてみましたところ、そういった情報は明かされていません。

 

オマーン国王カーブース・ビン・サイードが甥であることは明かされています。
しかし息子や娘の情報がないため、夫もいない可能性があります。

 

なにしろ日本で生まれてオマーン国で軟禁されていた波乱万丈な人生。
いろいろと考えること思うことがあったのだと思います。

 

そんな生活のなかで、素敵な男性との出会いがあっても結婚までには至らなかったのかもしれません。
ただ結婚されて家族がいても、公にしていないだけということもあります。

 

なのでブサイナ王女が情報を公開するときを待ったほうが良いですね。

 

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まとめ

日本とオマーン国を繋いだ女性であるブサイナ王女
数奇な運命と波乱万丈な人生を送ってきました。

 

人の一生とは本当にわからないものですね。

最後までご覧いただき本当にありがとうございました!

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